大判例

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広島高等裁判所 昭和30年(う)250号 判決

一、弁護人等の控訴趣意中本件は日本の裁判所に刑事裁判権がないとの主張について

所論は、被告人等は、国際連合の軍隊(英濠海軍)の構成員又は軍属であることを前提とし、これらの者が日本国の領域内で犯した犯罪については昭和二八年一〇月二八日条約第二八号(日本国における国際連合の軍隊に対する刑事裁判権の行使に関する議定書)によつて初めてわが国に裁判権が原始的に与えられこれを取得するに至つたものである。従つて右条約の効力発生前の行為である本件については日本の裁判所はその裁判権を有しないと主張するのである。

(一) しかし、わが国は被占領当時においても統治権を喪失したものではなく、わが刑法は当時日本国内において罪を犯した者に対しては内外人たるを問わずその効力を及ぼしたのであつて、ただ被占領期間中は連合国最高司令官の覚書によつて一時連合国人に対し公訴権並びに裁判権の行使を停止されていたに過ぎないのである。

即ち右期間中といえども連合国人に対するわが刑法の効力は何等害されることなくこれに対する公訴権裁判権も単に一時的な制限を受けたに止まり潜在的にはその存在を失わなかつたものであつて、平和条約が発効し占領が終了した後においては右の障害は除去されわが国は完全にその公訴権、裁判権を回復し、たとえ占領期間中に連合国人によつて犯された犯罪であつてもこれに対し起訴審判をなし得ることはすでに最高裁判所判例の示すとおりである。(最高裁判所昭和二九年(あ)第二一五号同三〇年六月一日大法廷判決、判例集九巻七号一一〇三頁参照)

そして本件は、被告人等は英国船グリンレンジヤー号の船員であるが営利の目的で昭和二七年一〇月頃佐世保市本島町八〇番地顔明輝方において同人に対し麻薬である塩酸ジアセチルモルヒネ末(ヘロイン)約四五〇瓦を代金約五八万五千円にて譲り渡したというのであるから、仮りに所論のように被告人等は国際連合の軍隊たる英濠海軍の構成員又は軍属の身分を有するものであつたとしてもわが国に裁判権のあることは明らかである。(なお前記条約は昭和二八年(一九五三年)一〇月二九日発効したものでありその効力は遡及しないことになつているが、右条約によつても本件のような犯罪についてはわが国に第一次の裁判権があることに定められている)それ故論旨は理由がない。

二、弁護人等及び被告人張天宝の控訴趣意中事実誤認の主張について

所論は、被告人等は本件のような行為をしたことは全然なく、右はかつて顔明輝が被告人張に対し同人の日本在住の許可証(外国人登録証明書)を入手してやると申し詐り多額の金品を詐取し、同被告人より厳談を受けるに至つたためこれを免がれんがため同人を陥し入れようとして故意に虚構の事実を捏造し虚偽の証言等をしているものであつて同証言は措信すべからざるものであり、なお副島梅子の証言も伝聞証拠であつて採用すべからざるものである。又営利目的の点についても全然その証拠を欠き原審の認定は違法不当な認定であるというにある。

よつて原審の取調べた証拠に当審における事実取調の結果を綜合してこれを検討するに、本件の証拠の中心をなしているものは所論も指摘するように原審証人顔明輝の証言であるが、当審における同人の証言に徴するも右は特にその真実性につき疑念を生ぜしめるふしは発見されず、且つ被告人等主張の詐欺の事実についてもこれを確認するに足る証拠は存しないところである。なお原審証人スクリツプナーの証言等に徴するも、被告人等が前記船舶の船員として本件麻薬を密かに入手しこれを同船内に隠匿し置くことは、たとえ船内検査等があるとしても全然不可能に属するものとは思われない。

又原審証人副島梅子の証言中には所論のように伝聞にかかる部分が認められるけれども、本件は右伝聞部分を除いた部分とその余の挙示の証拠とによつて判示事実は十分認定できる場合であるから、特に該部分を除外する旨の説示又は排除決定はないとしても該供述は伝聞部分を除いた部分のみを証拠とした趣旨と解すべきものである。(最高裁判所昭和二七年(あ)第五六九号同二九年二月一八日第一小法廷判決、判例集八巻二号一四五頁参照)

(二) 又旧麻薬取締法第五七条の三にいわゆる営利の目的とは、広く利益を得る目的を指称するものと解すべく、本件は利益を得る目的に出たものであることは判示所為自体(態容、数量、代金等)に徴しこれを認定するに難くないところである。

要するに記録並びに当審における事実取調の結果に徴するも原判決には所論のような事実誤認その他違法のかどは認められない。論旨は理由がない。

(裁判長判事 柴原八一 判事 尾坂貞治 判事 池田章)

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